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  • 2010.10.28 Thursday
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脳腫瘍発見*09.12.28

◎2009年12月28日MON

 日曜日の夜はずっと母の手を握って、隣で見守りながら寝ました。
夜中に突然、容態が急変したらどうしよう…このまま起きてくれなかったら…私が眠ってる間に一人で起きて部屋を出てすぐの階段から落ちてしまったら…これからどうなるんだろう、もしこのまま母が私のことまで忘れてしまったら…不安がいっぱいでろくに眠れず、月曜の朝を迎えました。

 母の代わりに、食事を用意し朝食を済ませ、すぐに車で前日電話した病院に連れて行きました。
 車の中で、母は自分がどうして病院に連れて行かれるのかよくわかってなかったみたい。
「昨日、救急車来たんだよ」って言っても、覚えてないみたいで、「そういえば、知らないおじさんがイキナリ来てビックリした」って言ってました。
救急車を呼んだ理由や経緯を話しても、「そうなの〜?なんで〜?どうして〜??」ってチンプンカンプンでした。
 私が持たせたミニーちゃんのぬいぐるみを抱いて、そわそわと不安そうな様子でした。
分からない事をいくら考えても分からなくて、なんで分からないか考えてもやっぱり何も分からない、その『分からない』事がとても不安にさせているんだと思います。
鞄の中を見て、「保険証は持った来たっけ?」と何度も確認していました。
いろんな事が不安で心配なんだと思います。「ママは心配しなくても大丈夫だよ」ってずっと励ましていました。
 本来ならば、この日は、父が中国へ旅行に出かける日でした。
母は、「パパ、旅行は?」「折角なんだから行っておいでよ〜」って、自分の心配よりも、父の旅行を気にしてました。
そういう事は覚えているのだけど…。
 覚えている事と分からないことが斑で…どうしてなのか、何が分かることなのか、とかハッキリしたことは、脳みそのことなんでよくわかりません;;

 何年かぶりの病院に到着しました。小学校以来でしたがちょっと寂れた病院も、穏やかな口調の院長先生も、小学生の時よく絡んで遊んで貰った放射線の先生も相変わらず変わっていなくて、懐かしかったです。
 院長先生の診察で、私は事細かに母の様子を伝えました。
先生は「まぁ、問題はないと思いますけどね、娘さんも、もうすぐ試験だし、貴方がお家に居たらいろいろと不安にな事もあるでしょうからお正月明けくらいまで、ちょっと入院しようかね。」っと母に言いました。そしてCT検査。
母は、しっかりと受け答えしていたし、CT検査を待ってるときも、昔からの知り合いの放射線の先生とも楽しそうに世間話なんてしてました。
でも翌日、「え?そうなの?ママ、○○さん(放射線の先生)と話してた?」っと覚えていなかったみたいでしたが…

 CT検査の結果を待っていました。
私は、院長先生も問題はなさそうと言っていたし、母も心配そうにしていたけれども、ひどい吐き気や頭痛や麻痺などの強い症状があるわけでもなかったので、ちょっと安心していました。
安心の中にも、不安はありましたが…なるべく考えないようにしていました。

 CT検査の結果が出て、院長先生に父と私が呼ばれました。
途中、「ショックを受けないで聞いてくださいね」なんて言われて、『ドキッ!』っと胸が締め付けられ…階段から落ちそうになりました。
『え??今の何?どういうこと??まさか…ショック受けるって…』もう、頭の中ぐるぐる…
そんなこと言わないでよ…;;
 CTを見せられ、「非常に残念で申し上げにくいんですが、ココに脳腫瘍が見つかりました」と…。
もう、『は??????????』っとしか思えませんでした。
なんで?????何でママが?????
 母は、とっても健康で、私はしょっちゅう風邪引くのに、母は滅多に引かないし、私がインフルエンザになっても絶対移らないし、食事もしっかり作って気をつけていたし(塩分多くて何度か注意したことはあるけど…)、スポーツジムに通って、ジムで運動したり、水泳のクラスに入って泳いだりと、決して不摂生だったわけじゃありません。
ついこの前まで、仕事もしていたし、なのに、なんで??なんで突然?

 先生から、お正月明けに退院を考えていたけれども、そういうわけにいかなくなった。っということ、腫瘍は1〜1.5cmくらいのものが、耳のちょっと手前と頭のてっぺんを結んだ所(左側)あたりにある。っということを告げられました。
 それから、母には精神状態も考えて『軽い脳梗塞』っということにして、腫瘍のことは伏せておくと、看護師さんにも口裏を合わせておくという事でした。
 このご時勢、殆どの病院では告知するし、例外はあれど、私もそう習っているので疑問は多少感じましたが、確かに母の精神状態も不安定だったので、それを考えてのことだとこの時は納得しました。
 この事が後に裏目に出てしまうとは思ってもいませんでした…。
 今後の方針として、お正月明けに提携している脳神経外科病院を紹介し、ガンマーナイフでの手術をする予定だと聞かされました。
 ガンマーナイフで治るの?ママは治るの?いろんなこと忘れていったりしない??
そんな気持ちでいっぱいでした。帰り道、ぽろぽろと涙がこぼれてしまいました。

 一度家へ帰り入院の準備をし、帰省した弟と合流しました。
弟は、前日の電話では新型インフルエンザの濃厚接触者で、しばらく帰れないはずでした。
私が卒業試験前の大事な時期だったので、もしインフルエンザで移ったら大変だ、っという事だったのですが、そんなのいいから帰って来いと言って帰省させました。
 幸い、インフルエンザじゃなかったのでよかったです。
 弟も帰って、父も旅行行かなくて、一か八かの賭けでしたが、どちらも結果よかったと思います。

 本当に突然の出来事でした。長くて重い一日でした。
ただただ、あの元気なママが…信じられない…。それだけです。


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  • 2010.10.28 Thursday
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  • 22:31
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コメント
克明な記録ですね!姉が倒れた日、ワイフから携帯に連絡が入り、病院に直行。姉の元気のない顔付き
を見ると同時に顔面に「痙攣発症」、看護師さんがたまたま病室にみえて、ドクターに連絡、手早い処置をしていただきましたが、小生は姉の手を握りしめるだけでした。路上で倒れましたが、救急車を呼んでいただいた通行人の方に感謝です。意識は多少はあったようですが・・・。消防署に連絡して搬送
していただいた方にお礼の一言を述べようと思いましたが、当日は救急車の要請も多く、調べるのも時間がかかるとのことでした。「仕事ですから当たり前です。」と仰ってみえました。先日、ご依頼のあった相互リンクの件ですが、拙いそれですが、宜しければどうぞです。今後とも宜しくお願いいたします。
お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。
  • そよかぜ
  • 2010/02/27 11:58 AM
 そよかぜさんのところから来ましたたけちゃんといいます。同じ病気で妻をなくしました。お気持ち察します。この病気はよく知られていないこともあり、ビックリするばかりです。お母さんを支えてがんばってください。コメントすることしかできなくて。私のつたないブログは、おだやかな日々が続きますようにです。
  • たけちゃん
  • 2010/02/28 9:51 PM
≫そよかぜさん
お返事送れて申し訳ございません;;
今でも、1シーン1シーンが心に刻まれて鮮明に思い出されます。
きっといつかは色褪せてしまうかもしれないけれど、辛かった気持ちや周りに助けられ、支えられた感謝の気持ちを忘れないように、ココに記録したいです。


≫たけちゃん
はじめまして!ブログの今までのことを拝見させていただきました。
時間のある時にゆっくり拝見したいです♪
クリスマスという時期が、母と同じで勝手ながら親近感を抱きました。
辛いですね…なんと言えばいいのか言葉が思いつきません…;;
本当に、おだやかな日々が続くことを心からお祈りします。
宜しければ、是非リンクさせていただけたらと思います♪
  • エリカ
  • 2010/03/05 12:37 PM
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