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  • 2010.10.28 Thursday
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V-Pシャント手術*10.03.10

◎2010年3月10日

 母は、『お話する』奇跡が起きてから好調でした。
たまに不安定に発熱し、熱があると意識が低くなり、反応をあまりせず寝ている状態でしたが、私たち家族がお見舞いに行くと、とってもうれしそうにニッコニッコ笑ってくれます。
母は本当に笑顔が素敵な人です。
 帰る時も、「また明日ね」っと手を振ると、頷いて手を振ってニッコリ見送ってくれました。
その仕草で、ちょっと安心できました。
逆に、反応がないと、わかっているのか不安になります。
私のことわかってるのかな・・・?っというのが一番不安でした。
母は昔冗談で将来痴呆になって介護になったらやだねっていうお話をしているときに、『将来年とって痴呆になっても、えりちゃんとけんちゃんのことだけは絶対忘れない自信がある』って言っていました。
私はそれをずっと信じてます。正直、確認することもできないので不安になります。自分にそう言い聞かせているだけなのかもしれないです。でも…忘れたりなんてしないよね。。。

 さてさて、この好調な状態のうちに、V-Pシャントの手術を行うこととなりました。
今なら全身麻酔で手術できるんじゃないか。ということです。
 ドレーンをいれてから、感染を起こしかけたり途中で詰まったりして、かれこれドレーンは3回目となっていました。
 一度V−Pシャントのお話があって予定されていたのですが、ドレーンの方が詰まってしまったりで、脊髄液の性状が安定するまで待っていました。
 V-Pシャントは、脳と腹腔を細いチューブでつないで脳脊髄液を腹腔に逃がしてあげるための手術です。チューブは皮膚の下を通って腹腔まで繋げます。

 手術は無事に終わり、その翌日はICUに入っていましたが、無事に病室に戻り、また2,3に日後にはお話してくれるようになりました。


放射線治療始めました*10.02.26

◎2010年2月26日 FRI

 奇跡の起こった翌日、この日はちょっと熱があるようでお話はできませんでした。
 放射線の先生から放射線治療についてのお話がありました。
このとき、初診以来のMRI画像を見ました。
原発巣と思われる脳幹の真ん中辺ちょっと上、後ろの視床の部分に腫瘍があるほか、ちらほらとほかの部分にも転移する形で腫瘍ができているようです。
 この多形膠芽種という腫瘍、放射線はあまり効かないものだそうです。
 放射線治療の副作用について勉強していたので心配だったのですが、幸い、脳だけに照射するし、脳は比較的他の全身に比べ当てる照射量にもよると思いますが副作用が軽いようです。
火傷のような痕が頭皮にできる位で済むようでした。

 今日から一ヶ月程度、放射線治療が行われることとなりました。
ちょっとでも効果が出てくれればいいです。祈るだけです。



奇跡*10.02.25

◎2月25日 THU

 しばらく忙しく久々の更新となってしまいましたっ ごめんなさい><
自分でも、どこまでだったか、内容もあやふやになってしまいました。。。だめですね…

 前回ドレナージを行い状態は落ち着いているようでしたが、
けいれんがあるようで、抗けいれん薬を投与されていたのが原因で、日曜日あたりから発疹が出ていました。最初は手や首周りに発疹が出ているだけだったのですが、
日を追うごとに発疹はひどくなり、顔やお腹、足と全身が発疹だらけになってしまい、
腕は、最初は1つの斑点だったものが、どんどん拡大して内出血し紅斑・紫斑のように全体が地図状に真っ赤…紫になってしまいました。
 ついに24日、皮膚科の先生によって生検が行われたのですが、結果、やはり抗けいれん薬が原因だったようで、ちょっと危ない状態だったそうです。


 そして、25日、突然奇跡が起こったのです。
毎日お見舞いの日々でしたが、度々の発熱、不安定な呼吸、発疹…。
未だに腫瘍に対する治療はできず…。っというのも…
放射線治療も中が壊死してると効果はでないし、そもそも腫瘍がなかなか効果の得られないもので難しく、抗がん剤も副作用が大きいからそれに耐えられる体力がない…とのことで。
 水頭症に対しても、ドレナージではなく、脊髄液を脳から腹腔にまわすV-Pシャントの手術も、全身麻酔を使っての手術なので難しく、ドレーンで感染におびえてるような状態…
 つまりは『手の施しようがない』ってことでした。
担当医の先生の話からも、母の容態からも、なんとなく『死が近い』っということを察していたのですが…

 25日お見舞いに行った日…

 なんか、なんかなんかなんか…!!!!母が…しゃべった…!!!!!!

 それは奇跡のようでした。
一度、失語症になって機能を失いしかも昏睡状態にあったのに…
目も開けてくれない時もあったし、話かけても人形のように止まったままで
先生からも言語機能の回復はないって断言されていました。
私も、父も、先生も看護師さんも、みんながもう二度と会話できないと諦めていました。

 でもしゃべったのです。…ハッキリと!

 父が、秋に母と沖縄旅行に行った時の写真を見せていたときでした、
母が歯を見せて笑って「あ〜楽しかったね」とか「キレイだったね」とか…
「大丈夫?」って聞くとはっきりと「うん」っと返事をし、
おでこの辺りに手を持って摩っているから、「かゆい?」って聞くと、
「お風呂入れないからしょうがないわね」って言いました。
「暑い?」って聞くと、顔をしかめながら「すっごくあっつい」って言うし、窓を開けたら「気持ちいい」って言いました。
「手術したんだよ」って言うと「知らなかった〜」っと言い、私がミニーちゃんのぬいぐるみを見せて「ちょこたんだよ!」(っという名前なんです)って言うと笑って「知ってる」って言いました。

 言葉数は少ないし、自分からペラペラ喋ったりはしないけど、ちょっとした受け答えをしてくれて、
私が、「えり、卒業試験合格したんだよ、卒業したんだよ」って言うと
ニッコリ笑って「よかったね」「安心した」「パパも安心したでしょう」って言いました。
 この奇跡に涙が止まりませんでした。
もう母は、私の卒業を祝ってくれることはないって、卒業の報告はしたけど、ちゃんと分かってもらえたかも分からなく、諦めていました。二度と母の声を聞けないと思っていました。
 なのに…分かってくれたから言ってくれた言葉と笑顔。
 話すことが、どれだけ意味のあることなのか…どれだけ大切なことなのか身にしみて感じました。

 言葉を話すのは2つの要素が必要で、1つは言葉を理解して文章を構成する表現の要素。もうひとつは、それを声に出して話すという動作の要素。
どちらか一方でも欠けてしまうと会話はできないのです。
 先生もこの奇跡にびっくりしていましたが、後に、発疹が出たのでステロイドを投与したことによって、脳のむくみが改善したのではないか。っと言っていました。
 脳って何が起こるか本当にわからないですね…。

 看護師さんは「今日ご自分で歯磨きしたんですよ!」って言っていました。耳を疑って思わずもう一度確認してしまいました。
まさか、しゃべるなんて…!!!

 しつこいけど…本当にしゃべった!!!

脳腫瘍G4、その事実とこれからの運命は避けられないことなのかもしれないけど、
その中でこんな奇跡も起こるんだって、だから私は奇跡を信じています。


ドレナージの感染*10.2.16

◎2010年2月16日 TUE

 最近の母は、手を握るととても熱く、からだ全体が火照り、いつも氷枕を頭の下やわきの下に抱えている状態でした。点滴と一緒にどうやら抗菌薬らしきものも…。

 先生からの説明がありました。
水頭症を改善するのに脳脊髄液を外に排出するために、脳室ドレナージを行っていたのですが、やはりドレーンが感染を起しているようで、髄膜炎を起しかけてるみたい。
仕方がないので、13日の土曜日にドレーンを外したようでした。
 髄膜炎は、二倍量の抗菌薬を二種類使ったお陰で今日16日になって炎症は治まったようでした。
まだ度々発熱があるけれど、それは体温中枢のコントロールが上手く制御できないからです。
血液検査からは炎症反応は治まったようでした。
 だんだん呼吸も喘ぎ気味で、なんだか苦しそう。。。
本格的に死のカウントダウンが迫ってるんだと思いました。
先生の説明からも、「長くはない」っと言わんとしているのを感じました。
 また、ドレーンを抜いたせいで、また頭にどんどん水が溜まってきて、ドレーンを入れていた一時期は目を開けていたのに、また開けてくれなくなっちゃった…意識がないみたいです。

 炎症反応が治まって、熱が下がっているこの今のチャンスにもう一度反対側(左)にドレーンを設置するオペの提案がありました。
 しかし、以前のドレーンの手術と違って、積極的には勧めないと言われました。
今回は、リスクがとても大きいからです。
前回は、腫瘍のある左側を避けて、右にドレーンを設置したのですが、感染を起してしまったので今回は右は使えません、なるべく感染部位から遠ざけないといけないようです。
なので今度は腫瘍のある側である左に設置することになります。
 体力もかなり低下して、呼吸も乱れているので、局所麻酔で行うオペですが、もしかしたら術中に…、っということも考えられるし、手術が成功したとしても、腫瘍がある側なので、ドレーンが腫瘍にぶつかってしまったりすると脊髄液が上手く排出されなかったり、また今度感染を起してしまったら、今度こそ発熱に耐えられないかもしれない…など。。。
 もしこのまま手術をしなかったら…母は意識が戻らないまま、水がどんどん溜まりいつかは脳ヘルニアを起してしまい、水頭症によって亡くなってしまいます。死を待つだけです。

 父も私も考えました。答えは同じでした。手術してもらうことを選びました。
 できてしまった腫瘍に逆らうことはできません。でも、腫瘍が原因で亡くなるのではなく、水頭症によって亡くなるのは嫌でした。
 できることはしてあげたいっと思っていました。水頭症は治せるのだから…
このまま何もしなかったら、私は一生後悔すると思いました。
リスクを考えると怖かったです。でも、もし手術して水頭症が改善して、また目を開けてくれたら…そう思っての決断でした。

 夜遅くまで手術が終わるのを待っていました。手術は無事に終わりました。よかったです!
また、目を開けてくれるかな…?もう少しで、弟も帰ってくるからガンバレ…!!!


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